
「サッカークラブが、なぜ無人島でサバイバルなんてやっているのか?」
多くの人が抱くこの疑問に対し、FC今治のオーナー・岡田武史氏は講演会で、力強く、そして少し寂しそうにこう語っていました。
「今の子供たちは、便利な世の中で『生きている実感』を失いつつある。自分の力で火を熾し、命を繋ぐ体験をさせなければ、本当の意味での主体性は育たない」
Jリーグの監督として日本を二度もワールドカップに導いた名将が、次に挑んでいるのは「サッカー選手育成」の枠を超えた「地球を生き抜く力」の育成でした。
1. 岡田武史氏が語った「便利さという罠」
岡田氏の講演で最も印象的だったのは、「物の豊かさと心の豊かさは反比例する」という言葉です。
今の時代、喉が渇けば自販機があり、お腹が空けばコンビニがあります。スマホ一つあれば何でも調べられ、退屈することすらありません。しかし、その「便利さ」と引き換えに、私たちは「自分で何とかする力」や「仲間と知恵を出し合う切実さ」を失っているのではないか、と岡田氏は警鐘を鳴らしています。
「無人島には、何もない。あるのは海と、木々と、仲間だけ。そこで火が起きなければ、飯は食えないし、夜は暗くて寒い。そんな極限状態に置かれた時、人は初めて『自分という存在』と本気で向き合うことになるんです」
この哲学が、FC今治の「しまなみ野外学校」の根幹に流れています。
2. 友人の息子さんが体験した「無人島サバイバルの全貌」
私の友人の息子さん(当時中学1年生)が、夏休みを利用してこのプログラムに参加しました。帰宅した彼を見た友人の第一声は、「顔つきが、別人になって帰ってきた」というものでした。
彼が語ってくれた「無人島のリアル」は、想像を絶するものでした。
① スマホ没収、電気・ガス・水道なし
上陸した瞬間から、文明の利器とはお別れです。まず直面するのは「情報の遮断」と「不便さ」。今の10代にとって、スマホがないこと自体がパニックに近いストレスですが、それすら忘れるほど過酷な「現実」が待っています。
② 「食」への執念:命をいただく体験
このキャンプの最大の特徴は、食料が支給されない(または極めて少ない)ことです。 「今日の晩飯、どうする?」 仲間と話し合い、海へ入り、魚を釣るか突くか。あるいは貝を拾うか。友人の息子さんは、必死で捕まえた魚を自分の手で捌き、内臓を取り出した時の感触が今も忘れられないと言います。 「普段食べている魚や肉が、もともとは『命』だったことを、知識ではなく指先の感触で理解した瞬間だった」
③ 火が起きないという絶望
マッチもライターもありません。火を熾すだけで数時間を要します。煙は出るけれど、火にならない。焦りと、空腹と、日没の恐怖。 「学校の勉強でこんなに必死になったことはなかった。火がついた瞬間、14年生きてきて一番叫んだし、仲間と抱き合った」 そんな彼の言葉は、現代の教育が忘れかけている「成功体験」の真髄を突いている気がします。
3. 失敗談:安物の装備で挑むと「サバイバル」が「苦行」になる
ここで、参加を検討している親御さんに向けたアドバイスです。友人の息子さんが参加した際、準備不足で後悔したポイントがありました。
それは、「装備をケチると、学びの質が落ちる」ということです。
例えば、適当な軍手を持たせたところ、薪拾いや火熾しの作業ですぐに破れ、手がマメだらけになってしまいました。「痛み」も経験ですが、それによって作業が継続できなくなっては本末転倒です。
[耐切創手袋] 「本格的なサバイバルでは『手』を守ることが最優先。安物ではなく、プロ仕様のものを準備してあげるのが、子供への最大のサポートです」
また、水分補給のための水筒も、保温性以上に「耐久性」が重要。岩場に落としても壊れない、タフな装備が必要です。
「一生モノの道具を使い込む。これも岡田氏が教える『物の大切さ』に通じます」
4. 参加した若者が手に入れる「最強のメンタル」
サバイバルから帰還した友人の息子さんに、最も大きな変化は何かと尋ねました。 答えは意外にも、「親への感謝」や「家があることの幸せ」といった、当たり前のことへの再評価でした。
「蛇口をひねれば水が出る。これ、魔法みたいだよ」
そう笑う彼の目には、確かな自信が宿っていました。無人島で「自分の力で、仲間と共に生き延びた」という経験は、学校の成績やスポーツの勝敗よりも深く、彼の自己肯定感を支える土台になったようです。
岡田武史氏はこの変化を「遺伝子にスイッチが入った状態」と呼んでいます。困難に直面したとき、「どうせ無理」ではなく「どうすればできるか」を考える脳。それこそが、これからの不透明な時代を生き抜く最強の武器になります。
5. 【コラム】岡田武史が目指す「共助」の世界
岡田氏の講演の最後、彼はこう締めくくりました。
「一人の力には限界がある。でも、無人島では仲間を助けなければ、自分も助からない。今の日本に必要なのは、この『共助』の精神なんです」
サッカーのチームプレーと同じ、いや、それ以上に切実な助け合い。FC今治のサバイバル体験は、個人を強くすると同時に、「他人を頼り、他人に貢献する」ことの喜びを教えてくれる場所なのです。
まとめ:今治には、未来を変える「島」がある
FC今治の試合を観戦し、スタジアムで感動を味わうのも素晴らしい体験です。しかし、もしあなたに中高生のお子さんがいるなら、あるいはあなた自身が変化を求めている学生なら、ぜひ「しまなみ野外学校」の門を叩いてみてください。
そこにあるのは、インスタ映えするキャンプではありません。泥臭く、空腹で、不便で……。でも、これまでの人生で一度も感じたことがないほどの「生きている実感」です。
岡田武史氏が今治に撒いた種は、今、無人島を通じて次世代のリーダーたちを育てています。
岡田武史の哲学をさらに深掘りする「必読の3冊」
「無人島サバイバル」の背景にある岡田氏の思想は、一朝一夕に生まれたものではありません。日本代表監督としての重圧、そして今治でのゼロからのクラブ作りを経て辿り着いた、今の時代を生き抜くための「答え」が、彼の著書には凝縮されています。
サバイバルに参加させる前の親御さんや、自身のリーダーシップに悩むビジネスマンにこそ読んでほしい3冊を厳選してレビューします。
『The Captanship(キャプテンシップ) ―― 答えのない世界を生き抜くための鍵』(岡田武史 著)
これまでの岡田氏の著書が「勝負」や「型」に焦点を当てていたのに対し、この本は「これからの不透明な時代をどう生きるか」という、より本質的な問いへの答えが記されています。
- 「リーダー」は一人でいいが、「キャプテン」は全員であるべき 岡田氏が説くのは、特定の誰かに従う力ではなく、自分自身の「船(人生)」の舵を自分で握る力です。無人島で「誰かが火を熾してくれるのを待つ」のではなく、自分が今何をすべきか考え、行動する。これこそが本書の核心である「キャプテンシップ」です。
- 「主体性」の正体を解き明かす 多くの教育現場で叫ばれる「主体性」という言葉。しかし、どうすればそれが身につくのか? 本書では、岡田氏が今治で実践してきた試行錯誤をベースに、自律した個が集まるチームがいかに強いかを説いています。
- レビュー: 友人の息子さんがサバイバルから帰ってきた時に見せた「顔つきの変化」の正体は、まさにこの本にある「自分の足で立っている感覚」を手に入れたからなのだと、読んでいて腑に落ちました。中高生はもちろん、部下の育成に悩むマネージャー層にも突き刺さる内容です。
【深化する勝負論】『勝負哲学』(岡田武史・羽生善治 著)
日本サッカー界の知将・岡田氏と、将棋界の天才・羽生氏。この二人が「勝負」の本質を語り尽くした対談集です。
- 「決断」の裏側にあるもの 無人島サバイバルでは、一瞬の判断がその日の生活を左右します。「この場所で火を熾すべきか」「この魚は食べられるか」。岡田氏は本書の中で、データや論理を超えた先にある「直感」の重要性を説いています。その直感は、死に物狂いの経験を積んだ者にしか宿らない。まさに、野外学校で子供たちが磨いている「生きるセンサー」そのものです。
- 「負け」や「失敗」との向き合い方 羽生氏は「負けを受け入れること」の重要性を語り、岡田氏は「失敗を恐れず、そこから何を見出すか」を説きます。サバイバル中、火が起きない、魚が捕れないという「小さな敗北」に直面したとき、子供たちがどう心を立て直すか。そのヒントがこの対談の中に散りばめられています。
- レビュー: 「勝負」とは単に相手に勝つことではなく、「自分の中の恐怖や迷いにどう打ち勝つか」である。この本を読んだ後に、友人の息子さんが語ったサバイバルのエピソードを思い返すと、彼が手に入れたのは単なる「キャンプのスキル」ではなく、一生モノの「勝負に向き合う姿勢」だったのだと確信しました。
『岡田メソッド――自立する選手を育てるためのサッカー教本』(岡田武史 著)
一見、サッカーの専門書に見えますが、その根底にあるのは「自立」という教育観です。
- 内容のポイント: 16歳までにどのような「原則」を教え、そこから先はどうやって「自由」に羽ばたかせるか。これは子育てにおける「親の関わり方」そのものです。
- レビュー: サバイバルでは、スタッフはあえて「教えすぎない」と言います。それは、このメソッドにある「自分で判断させる」という哲学が徹底されているから。子育てに悩む親御さんにとって、目から鱗の「自立支援のヒント」が満載です。
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